がま仙人/鉄拐仙人 (御簾脇、左右)
がま仙人(御廉脇右)
中国の仙人で、「がま」を使って妖術を使ったといわれます。また、がま仙人は姿が「ひきがえる」に似ていたため、その姿に驚いて逃げようとする「元」を呼び止めて、一粒の薬を与えました。その薬を飲んだ「元」は百歳まで生き続ける事ができたと伝えられています。
三国時代の呉の「葛玄」をさすとか、五代後梁の「劉海せん」という者のことであるだとか言われています。
鉄拐仙人(御廉脇左)
中国の隋の時代にいたといわれる仙人で、姓は李、名は洪水、鉄拐は小字。
この仙人は、息を吐き出すと自分の魂を空中に吐き出すことができ、どんな遠い所でも思いのまま飛んで行くことができたと言います。
ある時、遠くにいる知人を訪ねる約束があったので、骸を残して、後のことを弟子に頼んで、魂だけで出かけていきました。ところが、帰ってくる約束の日をまちがえた弟子が、一日早く骸を焼いてしまいました。次の日、鉄拐の魂が帰ってきましたが入るべき身体がありません。そこで仕方なく、道端で飢死していた乞食の屍に乗りうつりました。それ以来、彼はびっこで、ボロを着た醜い乞食の姿で暮らしかなかったと言うことです。
本のスキャン(仮)p.83がま仙人(がまを肩に乗せたがま仙人) 確認済み
御廉脇 左 解説 p.83
本の見出しは「がま仙人(御廉脇右)」だが、実際は左(ご確認:本の左右が逆)。写真は頁の左側
本のスキャン(仮)p.83鉄拐仙人(自分の魂をはきだす鉄拐仙人) 確認済み
御廉脇 右 解説 p.83
本の見出しは「鉄拐仙人(御廉脇左)」だが、実際は右(ご確認:本の左右が逆)。写真は頁の右側
出典:森の祭り(森の巻) p.83(書き起こし・書き起こし(未校正))
恵比寿・大黒 (支輪)
(P50参照)
出典:森の祭り(森の巻) p.83(書き起こし・書き起こし(未校正))
俵藤太 (右欄間)
昔、近江の国(今の滋賀県)に住んでいた俵藤太という武士が、瀬田の唐橋を渡っていった時のことです。長さ数十メートルもある大蛇が道をふさいで寝ていましたが、藤太は平気で大蛇の背中を踏んで渡っていきました。すると、後で「もしもし」と、呼ぶ声がし、振り向くと、大蛇はいつのまにか消え、一人の男が座っています。
「私は二千年の昔から、この湖に住んでいる龍王です。この頃、湖の近くの三上山に大きな百足(むかで)が住みつき、湖を荒らしに来ては、私の子供をさらっていきます。何とか敵を討ちたいのですが、百足は山を七巻き半もする大百足、とても勝てません。そこで、強い人をさがして頼むしかない、と考えました。あの百足が退治できるのはあなたしかありません。どうかお願いいたします。」 藤太が承知すると、龍王は藤太を湖の底の宮殿に案内し、ご馳走をしました。
やがて、空が暗くなり、百足が出そうになってきました。藤太は、弓矢を持って待ち受けます。そのうち、山の上の空が燃えるような色になり、何千という火の玉が行列のようにこちらへ進んできます。
藤太は、両足をふんばり、最初の矢をつがえいっぱいに引きしぼって切って放しました。矢は正確に、百足のみけんに当たりました。しかし、カーンという音とともにはねかえってしまいました。「しまった」すぐに、二の矢をつがえ、さらに強く放ちましたが、またはねかえってしまいました。あと、矢は一本しか残っていません。これではならぬ、第三の矢を射とうとした時、藤太の頭に、百足は人間の唾(つば)を嫌いだということがひらめきました。そこで、藤太は矢の先をつばでたっぷりとぬらし、力いっぱい放ちました。
今度こそ、みけんにぐさっと突きささりました。火の玉は消え雷が鳴り嵐のようになりました。やがて、静かになった湖には、百足の死がいが浮かびました。
喜んだ龍王は藤太に、使っても使っても減らない米俵、切っても減らない絹の布、近江の国中にいい音が聞こえる釣り鐘をくれたということです。
この釣り鐘は、後に三井寺に納められて今も残っているということです。
本のスキャン(仮)p.84俵藤太(龍王に頼まれ、百足に矢を射る俵藤太) 調査中
欄間 右 解説 p.84
「田原藤太とも書き、藤原秀郷とも言う」
出典:森の祭り(森の巻) p.84(書き起こし・書き起こし(未校正))
天人 (正面欄間)
この天人は、特別に固有の名前をもった天人ではないと思いますが、天人に関しよく知られた話「三保の松原」の天人と考えて書いてみましょう。
「天人の羽衣」(羽衣を身につけ、天人の舞を舞う天人)
昔、ある時一人の漁師が三保の松原を歩いていました。大変いい天気なので、富士山がいつもよりいっそうきれいに見えています。風は静かで、波も音をたてません。沖の方はかすんで、空と水が一つになって見えます。
あまり景色がよいので、漁師がぼんやりと海をながめていました。するとどこからか、いいにおいがしてきました。漁師がふと見上げると、松の木に美しい物がかかっているのが見えます。そばへ近寄ってみると、今までに見たこともないきれいな着物です。
「これはいい物がある、拾って帰って家の宝にしよう。」と言いながら持ち帰ろうとすると、どこからか、見たこともない美しい女の人が現われて言いました。、「それは、私の着物でございます」「いや、これは私がここで見つけたものです、持って帰って家の宝にします。」「いや、それは天人の羽衣というもので、人間には用のないものです。」「天人の羽衣なら、なおさら返すわけにはいきません。国の宝にもしたいと思います。」「それがなければ、私は天へ帰ることができません。どうぞお返しください。」
漁師はなかなか返そうとはしませんでした。天人は、しおしおとして、なみだをいっぱいためた目で悲しそうに空を見上げました。「よろしい、あまりかわいそうなので、お返しいたしましょう。その代わり、天人の舞というものを見せてください。」
「ありがとうございます、お礼に舞を舞いましょう。おかげで天へかえることができます。さあ、羽衣をお返しください。」「いやいや、そうはいきません。返したらそのまま天へ昇ってしまうのではありませんか」「いいえ、天人というものは、うそは言いません。」「ああ、恥ずかしいことを言いました、お許しください。」
天人は、返してもらった羽衣を着て舞をはじめました。羽衣の袖はかるく風にまい、羽衣の色は日に輝き何とも言えない美しさです。
漁師が見とれていると、天人は舞いながら松原の上をだんだんと高く昇って行きます。やがて、富士山よりもかく大空のかすみの中へ入っていきました。
出典:森の祭り(森の巻) p.85(書き起こし・書き起こし(未校正))
酒呑童子(しゅてんどうじ) (左欄間)
昔、大江山に住んでいた、「酒呑童子」という悪い鬼が、時々、山からおりてきて、物を取ったり人をさらったりしました。
そこで、天皇は、源氏の大将「源頼光」に、これを退治するように命令しました。頼光は、四天王といわれている、四人の強い家来、渡辺綱・卜部季武・碓井貞光・坂田公時のほかに、仲の良いともだちの平井保昌をつれて出掛けることにしました。
出掛ける前にみんなで力をたて、それぞれ神様にお祈りもして出発をしました。
6人は、作戦どおり全員、山伏の姿に変装、よろい・かぶとは背負った笈の中にかくしました。鬼の岩屋をめざして、がけを登っていくと小さな小屋があって三人のお爺さんが出てきました。「どうぞ、これを使って悪い鬼を退治してください。」といって、鬼が飲むと体がしびれ、神通力がなくなってしまうという「神の方便、鬼の毒酒」という酒を渡してくれました。六人がお礼をいうと三人のお爺さんは、ふっと消えてしまいました。さては、神様が味方してくれているのだと勇気づけられた六人は鬼の住んでいる岩屋にやってきました。「わたしたちは、山奥を歩いて修業する山伏です。道に迷って疲れてもう歩けません、どうぞ、少し休ませてください。」 だまされているとも知らず酒呑童子は六人を中へいれ、酒をごちそうしました。しばらく飲んだあと、今度は、頼光が神様にもらった酒を出しました。酒呑童子と家来の鬼たちはその酒をぐいぐい飲み、歌ったり踊ったりしているうちに、酒の効き目が出てきてごろごろと酔い倒れてしまいました。
それを見た六人は身仕度をし、頼光が、まず酒呑童子の大きな首をえいっと切り落としました。体はそのまま動かなくなったけれども、切られた首だけが目をさまし、空にとびあがり、頼光めがけてかみついてこようとしました。しかし、二度、三度と切りつけられ下に落ち、ついに動かなくなりました。手下の鬼どもも次々に切り殺されてしまいました。
この六人は、天皇からたくさんのほうびをもらったという事です。
出典:森の祭り(森の巻) p.86-87(書き起こし・書き起こし(未校正))
獅子の子落とし (左右袖障子)
(話はP19に)
出典:森の祭り(森の巻) p.86(書き起こし・書き起こし(未校正))
悉平太郎(しっぺいたろう) (後欄間)
昔、見付の宿(いまの磐田市)では、8月始め、若い娘のいる家に、どこからか白羽の矢が飛んできて屋根に突きささったということです。
矢の当った家では大変です、泣き泣き娘を白木の箱へ入れ、8月10日の祭りの日の真夜中に見付天神の社へお供えしなければなりません。もし、それを怠ると、台風、洪水などの天災や、伝染病の大流行等が起こり人々が大変苦しめられると言われています。そこで、人々は、仕方なく悲しいけれども、これを毎年続けていました。
ある時、見付の宿を通りかかった一人の僧が、この話をきき大変哀れに思い、なんとかしてやりたいと、お祈りを始めました。この祈りのなかで、化物たちが「信濃の国(いまの長野県)の早太郎がこわい、早太郎だけには知らせるな」といっている声が僧の耳に入ってきました。
さっそく、この僧は、早太郎という人をさがしに信濃の国へ出発しました。しかし、いくらさがしても見つかりません。がっかりしていると、光前寺(現在の駒ヶ根市)に、早太郎という猛犬が飼われていると教えてくれた人がありました。さては、犬のことであったのかと、この犬を借りて、見付へ帰りました。
祭りの日、娘の代わりに白木の箱に入っていた早太郎は、真夜中に現われた化物と猛烈と闘い、ついにこれを退治しました。この化物は、年をとって毛も白くなった大きな「ヒヒ」であったということです。この犬を、磐田地方では「悉平太郎」、信濃では「早太郎」または、「悉平太郎」と呼び、この話は長い間言い伝えられています。
出典:森の祭り(森の巻) p.87(書き起こし・書き起こし(未校正))
十二支 (支輪)
(P118参照)
本のスキャン(仮)p.88十二支 子 確認済み
支輪 解説 p.(P118)
「P118参照」。上の1枚が子(ご確認)
本のスキャン(仮)p.88十二支 丑〜辰(並び写真) 確認済み
支輪 解説 p.(P118)
1枚の写真に4体が並ぶ。丑・寅・卯・辰(ご確認)。個別に分ける場合は左から順
本のスキャン(仮)p.88十二支 巳〜未(並び写真) 確認済み
支輪 解説 p.(P118)
1枚の写真に3体が並ぶ。巳・午・未(ご確認)。個別に分ける場合は左から順
出典:森の祭り(森の巻) p.88(書き起こし・書き起こし(未校正))
獅子と獏/波に亀 (木鼻・腰長押)
(P11参照)
出典:森の祭り(森の巻) p.88(書き起こし・書き起こし(未校正))