鍾馗神 (御簾脇、左右)
中国、唐の時代、王様「玄宗皇帝」が、いまでいうマラリアという熱病にかかった時のことです。ひどい熱で、死の苦しみに会っているとき、皇帝の夢のなかに突然、大小二匹の鬼が現われました。その内の小鬼が、皇帝の大切にしている玉笛と、妻、楊貴妃の香袋を盗んで逃げだしました。これを見た大鬼が小鬼をおいかけて捕まえ食い殺し、玉笛と香袋を皇帝に返してくれました。喜んだ皇帝が、大鬼に名を聞くと「私は、鍾馗といい、もとは武芸者であった。」と答えました。
この時夢から醒めた皇帝は、不思議にも熱が下がり間もなく全快しました。
喜んだ皇帝は、絵描きを呼びその鍾馗の像を描かせたということです。
このことから、鍾馗の像を掲げて邪悪を払う習慣が始まったといわれます。日本では、室町時代の頃から鍾馗に対する信仰が流行し始めました。悪鬼や疫病を払う神として、その頃最も恐れられていた病気「痘そう」避けに顔を赤く塗った鍾馗像を祀ったり、小鬼を貧乏神と考え、貧乏神を追い払う貧乏避けの神として祀ったりされました。
端午の節句(五月五日)に飾るのぼり旗に鍾馗が描かれたり、武者人形にも鍾馗がかたどられたものが飾られ男の子の成長を祝う習慣が今も残っています。
本のスキャン(仮)p.75鍾馗神 鬼の大将 調査中
御廉脇 左右のうち 解説 p.75
「鍾馗神」(御廉脇左右)。左の写真のキャプション「鬼の大将」
本のスキャン(仮)p.75鍾馗神 小鬼を退治する鍾馗神 調査中
御廉脇 左右のうち 解説 p.75
右の写真のキャプション
出典:森の祭り(森の巻) p.75(書き起こし・書き起こし(未校正))
波に麒麟(きりん) (左右欄間)
「きりん」と言っても、動物園にいる「きりん」ではありません。昔、中国で百年〜千年に一度、聖天子(あるいは聖人)が現われる前触れとしてこの世に現われるといわれた、想像上の動物のことです。
形は鹿(あるいは「のろ」)に似て大きく、尾は牛、蹄は馬に似ていると言われ、背毛は五色に輝き、体の毛は黄色、頭の上には肉に包まれた角があります。
生草を踏まず、生きものは食べないといわれます。牡が「麒」牝が「麟」であるという説もあります。
特別、けたはずれのすぐれた能力をもった子供のことをさす「麒麟児」という言葉もあります。町内の子供達が立派な子供に育ってほしいという願いがこめられている図柄ということができるでしょう。
動物園にいる「ジラフ(キリン)」のことを、なぜ「麒麟」とよぶようになったのかはよくわかりません。
本のスキャン(仮)p.76波に麒麟(きりん)(1) 調査中
欄間 左右のうち 解説 p.76
基本情報の備考:欄間彫刻は、左右「波に麒麟」後「波に龍」と、三方に波「みなみ」を表している。
本のスキャン(仮)p.76波に麒麟(きりん)(2) 調査中
欄間 左右のうち 解説 p.76
基本情報の備考:欄間彫刻は、左右「波に麒麟」後「波に龍」と、三方に波「みなみ」を表している。
出典:森の祭り(森の巻) p.76(書き起こし・書き起こし(未校正))
菊水 (腰長押、左右)
(キャプションのみ)
出典:森の祭り(森の巻) p.76・78(書き起こし・書き起こし(未校正))
獅子の子落とし (脇障子、左右)
(詳しくはP19)
出典:森の祭り(森の巻) p.77(書き起こし・書き起こし(未校正))
風神・雷神 (正面欄間)
(詳しくはP27)
出典:森の祭り(森の巻) p.77(書き起こし・書き起こし(未校正))
龍に乗る天女/龍 (後欄間・木鼻)
(キャプションのみ)
出典:森の祭り(森の巻) p.78(書き起こし・書き起こし(未校正))
踊る唐子 (支輪)
(キャプションのみ)
出典:森の祭り(森の巻) p.79-80(書き起こし・書き起こし(未校正))