屋台に刻まれた物語English

屋台をめぐる / 森の祭り(旧森町)

慶雲社 向天方

慶雲社(向天方)の屋台
本のスキャン(仮) 森の祭り(森の巻) 扉 p.113(1991年刊)

基本情報

読みけいうんしゃ(むかいあまがた)
落成年昭和61年10月
社名の由来慶は、心からの喜び、またはおめでたいという意味。慶雲とはおめでたいことが起こる兆しとして発生する雲ということから、住民の幸せを祈って付けたのではないか。
工匠鈴木弥平、芳彦、成一、孝治郎、敏広(向天方)/設計 三浦末(向天方)
彫刻志村孝士(二代目流張=福井県三国町)・中山亮策(川原町)
塗装村松菊郎(南町)
車輪村松利雄(仲町)
御廉の社名揮毫望月雄二(向天方)
備考現屋台は二代目。全町民あげて結束のもとに「豪放」「優美」、重量感あふれる屋台の落成となった。彫刻はすべて欅材、地覆の飾り金具「花鳥」「宝づくし」(下図・三浦末)、支輪の構造等に特長がある。飾り金具は、小瀧林・晶(愛知県岡崎市)。旧屋台は昭和2年、親たちの反対を押し切って青年団20名で作製。9年後、町内の援助のもとに彫刻を付け、塗装もされた。昭和61年森町飯田城北地区(城栄社)へ譲渡、活躍中。

出典:森の祭り(森の巻) p.114

この屋台の写真(2枚)

彫刻

八俣の大蛇(やまたのおろち) (御簾脇左右・正面欄間)

大空の高天原から追い降ろされた須佐之男命(スサノオノミコト)が、出雲の国の川辺を上流へと歩いている時のことです。

美しい娘を中にして、お爺さんとお婆さんが泣いていました。ミコトの質問に「私はこの国に住む神で、名は足名椎(アシナヅチ)、妻は手名椎(テナヅチ)、娘は櫛名田姫(クシナダヒメ)と申します。高志(コシ)という所に住む八俣の大蛇と申し、体は一つですが頭が八つ、尾が八つに分かれている恐ろしい大蛇が毎年出てきては娘を一人ずつ食べ、八人いた娘もこの娘一人だけになってしまいました。この娘も、もうすぐ食べられてしまうかと思うと悲しくて悲しくて・・・」と泣き泣き答えました。

「よし、そんなもの私が退治してやろう。そのかわり、この娘を私の嫁にくれないか。」

老夫婦が承知すると、喜んだミコトはまず娘を櫛に化身させて自分の髪にさし、二人に命令しました。「米を集め、よい酒をどっさり作れ、それからまわりへぐるっと垣根をめぐらし八か所に門を作れ。それぞれの門に、作った酒を入れた瓶を置いて待っていなさい。」

しばらくすると、天地にひびきわたる物凄い音とともに、なまぐさい風が吹き始め、大蛇が赤く燃えるような目をして現われました。

しかし、大好物の酒の匂いに気づくと八つの頭を八つの瓶につっこんで、ぐいぐいと飲み干しました。さすがの大蛇も酔い潰れ、眠ってしまいました。

この時とばかりに、とびだしたミコトは腰の「十拳剣(トツカノツルギ)」を抜いてずたずたに切ってしまいました。その血が流れ川の水は真っ赤になりました。最後に尾の方を切り付けると、カチッと音がして立派な太刀が出てきました。

ミコトは「天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)」と名付けたこの太刀を高天原にいる姉の天照大神に、お詫びのしるしにさしあげました。

出典:森の祭り(森の巻) p.115-116(書き起こし・書き起こし(未校正))

獅子 (木鼻)

(キャプションのみ)

出典:森の祭り(森の巻) p.116(書き起こし・書き起こし(未校正))

唐子遊び (脇障子、左右)

(キャプションのみ)

出典:森の祭り(森の巻) p.116(書き起こし・書き起こし(未校正))

牡丹に親子獅子 (欄間、左右)

(キャプションのみ)

出典:森の祭り(森の巻) p.116(書き起こし・書き起こし(未校正))

四神(しじん) (支輪)

「青龍」「白虎」「朱雀」「玄武」は、天上の東、西、南、北、四方を守るという神のことで、「四神」といいます。

・青龍(せいりょう) 青い龍の姿をしていて、東の方角を守るといいます。

・白虎(びゃっこ) 白い虎の姿をしていて、西の方角を守るといいます。また、血の神として、女の人の産事を司るともいわれます。

・朱雀(しゅじゃく・すじゃく) 南方の守り神として、鳳凰の姿をしているといわれています。

・玄武(げんぶ) 北の守り神で、亀に蛇が巻きついて一体となった姿をしています。また、水を司る神ともいわれています。

「四神」を描いた四本の旗は、「四神旗」といわれ、昔、朝廷で元日朝賀や即位の礼などおめでたい行事の時にその庭へ立てるのが習わしであったとのことです。

今でも、お祭りの時に神社へ立てられたり、お渡りの時の持ち物に加えられたりしています。

出典:森の祭り(森の巻) p.117(書き起こし・書き起こし(未校正))

十二支 (支輪)

子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・・・という十二支は、年や日や時間、方角と結びついて昔から私たちの生活に深い関係をもって使われてきました。

これは、大昔に中国で考えだされたものが、千二百年以上も昔に日本へ伝わってきたものだそうです。

それでは、たくさんの動物がいる中で、「ねずみ」「うし」「とら」「うさぎ」・・・などの十二のものがなぜ選ばれたのでしょう。その理由はどうもはっきりわからないというのが確かなようです。そこで、次のような昔話ができたと思われます。

「十二支のはじまり」

むかしむかし、山おくに住んでいる神様が、あと一日でお正月という十二月三十日の夜に全国の動物たちに手紙を出しました。「一月一日の朝、私の所へ早く来たものから十二番目に来たものまでを、毎年順番に動物の大将にしてやる。」

とにかく朝早く行けばどんな小さな動物でも、どんなに弱い動物でも大将にしてもらえるのです。動物たちはおおさわぎです。 しかし、すごくのんびりした「ねこ」がいて、手紙をまだ読んでいませんでした。あとで「ねずみ」から手紙のことを教えてもらいました。その時、いたずら者の「ねずみ」は、明日の朝集まるのを、あさっての朝集まるのだと、うそを教えました。三十一日の夜、あすにそなえて動物たちは、はやくから眠ることにしました。けれども、「うし」だけは、足がおそいので今夜のうちから出かけようと歩き始めました。これを見ていた「ねずみ」はわからないように、「うし」の背中にとび乗りました。

夜明けが近くなると、たくさんの動物たちがいっせいに起きて歩きだしました。たくさんの中で「いぬ」と「さる」が先を競っています。丸木橋を渡るときどちらも自分が先にわたろうとけんかになりました。

いよいよ正月の朝、家の前で待っている神様のところにやってきたのは「うし」です、しかし神様の前へ着くすぐ前に背中から飛び下りた「ねずみ」が一番になりました。三番は「とら」、四番は「うさぎ」、・・・・「さる」と「いぬ」は、間に合ったのですが、まだけんかを続けています。ついに十二番めの「い(いのしし)」まで決まりました。

その時、「ねずみ」にだまされて遅れてしまった「ねこ」がすごいけんまくで走ってきました。この時から、怒った「ねこ」は「ねずみ」をいつでも追いかけつづけているということです。

出典:森の祭り(森の巻) p.118-119(書き起こし・書き起こし(未校正))

鳳凰に乗る天女/亀に水/雲に宝づくし/花鳥(飾り金具) (後欄間・腰長押・浜縁下・飾り金具)

(キャプションのみ)

出典:森の祭り(森の巻) p.120(書き起こし・書き起こし(未校正))