屋台に刻まれた物語English

屋台をめぐる / 南(飯田(賀茂神社))

南開社 南戸綿

南開社(南戸綿)の屋台
本のスキャン(仮) 屋台物語 南の巻 扉 p.85(1994年刊)

基本情報

読みなんかいしゃ(みなみとわた)
落成年昭和54年10月
社名の由来南戸綿町内会の頭文字「南」をとり、町内の開運とますますの発展を祈念して名付けた。
工匠岩崎才一(森町飯田)
彫刻早瀬宏(浜松市幸町)
塗装加藤源次(愛知県刈谷市)
車輪和田猛(天竜市山東)
御廉の社名揮毫御簾製作 亀八人形店(森町天宮)
備考建具:杉浦恒雄(掛川市幡鎌)。昭和54年10月に、屋台本体が完成、この年の賀茂神社祭礼で引き回したのが、当地区での引き回しの最初。屋台落成の折り、地区の長寿者を前欄干に乗せて祝いの引き回しを行なった。その時のお年寄りの表情、企画した方々の気持ちが強く印象に残っている。昭和55年、56年に彫刻をつけ、昭和58年に漆塗装をして完成、現在にいたる。

出典:屋台物語 南の巻 p.86

彫刻

金太郎 (右欄間)

昔、相模の国(今の神奈川県)の足柄山の山奥に金太郎という子供と母親の山姥(やまうば)が住んでいました。金太郎は、赤ん坊の時から大変な力持ちで、9歳ぐらいになると、相撲で、大人も投げ飛ばすぐらいになりました。

金太郎は、ひまさえあれば、まさかりで大木を切り倒しては遊んでいました。ある時、大きな熊がいきなり金太郎にとびかかってきました。まさかりを投げ出した金太郎は熊にしがみつくが早いか熊を地面に投げつけました。それからは、森の動物たちを家来にし、毎日仲良く一緒に相撲を取ったりして遊びました。またある時は大木を押し倒して、谷へ橋をかけたりもしました。

たまたまこの様子を見た源頼光(みなもとのらいこう)の家来、碓氷貞光(うすいのさだみつ)が、武士になりたいという金太郎をつれて都に上ります。金太郎がいざ出発するという時には、山の動物たちはみんな出て来て別れを惜しみました。

都へ連れてこられた金太郎を見た頼光は大喜びで、「なるほど、強そうな子供だ。みっちりと仕込んでやろう。それにしても、金太郎という名前はおかしい。父親が坂田という名字だったというならば坂田金時(公時)(さかたのきんとき)と名乗るがよい。」といいました。

頼光の家来になった金時(公時)は一生懸命に腕をみがき、やがて立派な武士になり、渡辺綱・卜部季武・碓井貞光といっしょに「四天王」といわれるようになりました。

出典:屋台物語 南の巻 p.87(書き起こし・書き起こし(未校正))

桃太郎 (左欄間)

昔むかし、お爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんは山へしば刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。お婆さんが洗濯をしていると、大きな桃が流れてきました。

お婆さんがその桃を拾って帰りました。

お婆さんが桃を切ろうとすると、桃が二つに割れて、中から大きな男の子が生まれました。お爺さんはその子に桃太郎という名をつけました。

桃太郎は、だんだん大きくなって、たいそう強くなりました。

「桃太郎さん、桃太郎さん、あなたはどちらへおいでになりますか」犬が聞きました。「鬼が島へ、鬼退治に」「腰につけているものは何ですか」「これは、日本一の きびだんごだ」「一つください、おともをします」「それなら、やるからついてこい」 犬を家来にして行くと、猿が来ました。猿も、だんごをもらって、家来になりました。

こんどは、きじが来ました。きじも、だんごをもらって家来になりました。

鬼が島へ着いてみると鬼どもは、鉄で作った門をしめて、城を守っています。桃太郎たちは、門を破って攻め込みました。 きじは、つっつきまわり、猿はひっかきまわり、犬はかみつきまわります。桃太郎は刀を抜いて、一番大きな鬼にたちむかって行きました。

鬼どもは降参して、大事な宝物をさしだしました。

車につんだ宝物、犬がひきます、えんやらや。猿があと押す、えんやらや。きじが綱ひく、えんやらや。

出典:屋台物語 南の巻 p.88(書き起こし・書き起こし(未校正))

獏/鶴・亀/七福神/双龍 (木鼻・支輪・左右御簾脇・正面欄間・後欄間)

獏(木鼻)P96参照、鶴・亀(支輪)詳しくはP22・P119参照、七福神(左右御簾脇・正面欄間)詳しくはP41・P47・95・101・102・119参照

出典:屋台物語 南の巻 p.89(書き起こし・書き起こし(未校正))

十二支 (支輪)

(P136参照)

出典:屋台物語 南の巻 p.90-91(書き起こし・書き起こし(未校正))

(行事)