屋台に刻まれた物語English

屋台をめぐる / 北(三倉)

稲盛社 一ノ瀬・大府川

稲盛社(一ノ瀬・大府川)の屋台
本のスキャン(仮) 屋台物語 北の巻 扉 p.75(1993年刊)

基本情報

読みとうせんしゃ(いちのせ おおひがわ)
落成年昭和61年9月
社名の由来地区内にある「第壱稲荷社」にちなんで「稲」、大府川地区の神明神社を合祀した許禰神社のある三倉の共盛社にならっての「盛」を組合せてつけた社名。
工匠小栗朝一(森町向天方)
彫刻野口亀二(静岡市)(御簾脇左右・正面欄間か。小さな文字で判読不能)・残りは三浦末(森町向天方)
塗装記載なし
車輪小栗建築(磐田市)
御廉の社名揮毫嶌恭一(森町向天方)・御簾製作 南澤義照(森町西幸町)
備考建具製作は天野久(森町三倉大久保)。昭和63年彫刻を入れ終わる。昭和61年の現屋台落成から引き回しが始まる。

出典:屋台物語 北の巻 p.76

彫刻

七福神③ 恵美須・④ 大黒天 (御簾脇、左右・正面欄間)

七福神−③「恵美須(エビス)」

エビスは大黒と並んで福の神の代表とされています。エビスは、恵比寿・戎・夷などとも書かれ、これは異邦人(よその国の人)を意味している言葉であります。そこから、エビスとは、よその土地からやってきて幸をもたらす客神をさすものといえるでしょう。

また、イザナギ・イザナミの三番めの子供で、三歳になっても脚がたたず、葦舟にのせ海に流され、その後、摂津国西宮の海岸に流れつき祭神となった「蛭子命(ヒルコノミコト)」が、エビスであるとも言われます。

また、大国主命(オオクニヌシノミコト)の子供で大の釣好きな「事代主命(コトシロヌシノミコト)」がそうであるとも言われています。

エビスは、豊漁をもたらす神、航海の守護神とされる他、市場の神、商業の神ともなり福の神の一人として祀られてきました。

一月・十月の二十日は恵比寿講の日として農業、山の神としての信仰も集めています。

七福神−④「大黒天(ダイコクテン)」

ダイコクテンは、大黒天神という仏教の守護神でその前はヒンズー教の神様であったそうです。

昔、中国南方の寺では、厨(台所)にダイコクテンを祀っていました。伝教大師がそれを日本に持ち帰り、比叡山延暦寺に祀ったのが広まったとも言われています。

さらに、「大黒」と「大国」の字音が同じであるため、いつのまにか木槌を持って米俵にのった日本神話に出てくる大国主命(オオクニヌシノミコト)と合わさって、もとはすっかり違った、肩に大きな袋を背負い右手に打出の小槌を持った、日本的なダイコクテンが作り上げられたものといえるでしょう。

(他の七福神はP.34・97参照)

出典:屋台物語 北の巻 p.77-78(書き起こし・書き起こし(未校正))

二十四孝 楊香(ようこう) (左欄間)

中国で、昔からの特に親孝行であった子供の話24人を選びその様子を書いて伝えたもので、中国の元の時代に郭居敬(郭居業)が選んだ24人の話を中心に、他の人の選んだものもいろいろあるということです。

「楊香(ようこう)」

昔、中国の晋の時代に「楊香」という人がいました。

彼が14歳の時のある日、父親と一緒に畑仕事に出かけました。父を助けて一生懸命働いていました。すると、突然、大きな虎が山の中から出てきて父親に噛みつこうと走ってきました。その時のことです、楊香が、我が身の危険をもかえりみず虎に向って走りより、父親にとびかかろうとした虎の首に両手でしがみつきました。捨身の楊香の行動に驚いた虎は、父親に噛みつくのをやめ、首にしがみついた楊香も振り落とすと山の中に姿を隠してしまいました。この勇気ある楊香の行動によって父親は虎に食われず、危うく命は助かりました。

出典:屋台物語 北の巻 p.78(書き起こし・書き起こし(未校正))

桃太郎 (後欄間)

昔むかし、お爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんは山へしば刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。お婆さんが洗濯をしていると、大きな桃が流れてきました。

お婆さんがその桃を拾って帰りました。お婆さんが桃を切ろうとすると、桃が二つに割れて、中から大きな男の子が生まれました。お爺さんはその子に桃太郎という名をつけました。

桃太郎は、だんだん大きくなって、たいそう強くなりました。

「桃太郎さん、桃太郎さん、あなたはどちらへおいでになりますか」犬が聞きました。「鬼が島へ、鬼退治に」「腰につけているものは何ですか」「これは、日本一のきびだんごだ」「一つください、おともをします」「それなら、やるからついてこい」 犬を家来にして行くと、猿が来ました。猿も、だんごをもらって、家来になりました。 こんどは、きじが来ました。きじも、だんごをもらって家来になりました。

鬼が島へ着いてみると鬼どもは、鉄で作った門をしめて、城を守っています。桃太郎たちは、門を破って攻め込みました。 きじは、つっつきまわり、猿はひっかきまわり、犬はかみつきまわります。桃太郎は刀を抜いて、一番大きな鬼にむかって行きました。

鬼どもは降参して、大事な宝物をだしました。

車につんだ宝物、犬がひきます、えんやらや。猿があと押す、えんやらや。きじが綱ひく、えんやらや。

出典:屋台物語 北の巻 p.78-79(書き起こし・書き起こし(未校正))

司馬温公(かめ割り小僧) (右欄間)

司馬光(1019年〜1086年)中国山西省の人。かなりの名家の子弟で、小さいうちからその利発ぶりは有名であったそうです。

ある日のこと、子供同志で庭で遊んでいると、一人が誤って大きな瓶の中へ落ちてしまいました。子供達はみんな大慌て、大声で助けを呼ぶもの、大人の人を呼びに行こうとするもの、どうしていいかわからず、うろうろするもの・・・。その中で、司馬光は、ひとつも慌てることなく、おもむろに、近くにあった石を拾うと大瓶にむかって、力一杯投げ付けました。大きな音がして瓶は割れ、勢いよく流れ出る水といっしょに落ちた子供も流れ出て助けられました。

司馬光は、7歳の頃からむずかしい本を読み一生懸命勉強に励んだということです。しかし、暗記をすることが苦手でしたので、勉強が終った他の兄弟たちが休んでいる間も一人で繰り返し繰り返し本を読んで暗記に努めました。そのために、本はばらばらに分解してしまったということです。

このような努力の結果、やがて20歳の頃、むつかしい役人の試験に見事に合格できました。

しかし、彼は決していばったり、自慢したりすることはなく、温厚な人柄であったということです。その後、歴史の本を書いたり、政治にかかわった事件にまきこまれたりもしました。

出典:屋台物語 北の巻 p.79(書き起こし・書き起こし(未校正))

花鳥 (支輪)

(キャプションのみ)

出典:屋台物語 北の巻 p.80-81(書き起こし・書き起こし(未校正))

鳳凰 (正面支輪・左右袖障子)

(P.85参照)

出典:屋台物語 北の巻 p.81-82(書き起こし・書き起こし(未校正))

獅子/牛/波に亀/波に鯉 (御簾脇下・腰長押)

(キャプションのみ)

出典:屋台物語 北の巻 p.82(書き起こし・書き起こし(未校正))