七福神⑤ 毘沙門天・⑥ 弁財天 (御簾脇、右・左)
七福神−⑤「毘沙門天(びしゃもんてん)」(御簾脇右)(七福神についてはP.34・77参照)
インドで「須弥山(しゅみせん)」(仏教の中で、世界の中心にそびえたつという山のこと、または寺院で仏像を安置する壇)を守る四天王の一人で別の名を「多聞天(たもんてん)」とも言い、北の守護神とされています。
姿は、左手に仏塔を持ち、右手には鉾を持って邪鬼を踏み付けています。 このように仏法を守る武神として、初めは国を守るためや、戦に勝つために祀られていましたが、次第に、福徳増進の目的でも祀られるようになり、七福神の中に組み入れられるようになったと言われています。
七福神−⑥「弁財天(べんざいてん)」(御簾脇左)
七福神の紅一点で、琵琶を弾く美人の姿をしています。この神様は、もとは、インドのインダス川を神様として表したものだったそうです。そのせいか、日本でも水辺の近くの「ほこら」に祀られていることが多いし、水辺に住む蛇と結び付けられたりもしています。ぼん語「サラスヴァティ」が、妙音天妙音楽天と訳され、それが、大弁財天、大弁財天女などと呼ばれ、さらに略して「弁天」、俗に「弁財天」とも呼ばれるようになったと言われています。
この神は、人に幸福や知恵を与え、長生きや財宝を授けてくれ、天災地変を防ぎ、戦では勝利をもたらしてくれる仏神であり、さらに、人の汚れを払い、富貴・名誉・食物・勇気・子孫繁栄だけでなく、学問や技芸・雄弁をも守ってくれるという結構づくめの神として信仰されているようです。
また、「弁財天」は、「梵天(ぼんてん)」の妻であると言われたり日本神話に出てくる宗像三神の一人「市杵島媛命」と同一であると結びつけられたりもするということです。
出典:屋台物語 北の巻 p.97(書き起こし・書き起こし(未校正))
七福神⑦ 布袋(ほてい) (正面欄間)
七福神の中でたった一人、実在した人物を神に見立てた福の神です。中国の唐時代の禅僧で「契此(かいし)」というのが本当の名前です。いつも袋をかけて喜捨を求めて歩き、その楽天的な性格や、子供達を可愛がり、常に、にこにこしていることから、一般には、「布袋和尚(ほていおしょう)」と呼ばれて親しまれていたということです。
常に、杖をもって布袋を荷ない、半裸で大きなお腹を出して福々しい顔をした姿を見た人々は、弥勒菩薩(みろくぼさつ)の化身ではないか、と言って尊んだということです。
出典:屋台物語 北の巻 p.98(書き起こし・書き起こし(未校正))
獏(ばく) (木鼻)
動物園にいる「ばく」ではなく、昔、中国で考えだされた、人間の悪い夢を食べてくれるという想像上の動物のことです。
形は、頭が小さく、熊に似ているほか、鼻は象、目は犀(さい)、尾は牛、脚は虎に似ていて、体には、白と黒の毛がまだらに生えていると言われています。また、その毛皮を敷いて寝ると、邪気(人に害を与えるもの、縁起の悪いすべてのもの)を避けることができるともいわれています。
昔、日本の朝廷では、正月にお年玉として家来の役人に「宝船」の画を与えたそうで、その宝船の帆には、「獏」という字が書いてあったということです。
出典:屋台物語 北の巻 p.98(書き起こし・書き起こし(未校正))
菊慈童仙人 (支輪前中央)
菊慈童とは、周の穆王のそばに仕える子供の名前だそうです。ある時、罰を受け、南陽郡の、れき県という所に流されました。そこの土地で菊の露を飲んで不老不死になる事が出来、いつまでも歳をとることもなく若若しいままであったということです。
能の中に、この話をもとにした「枕慈童」という話があります。
役人が王さまの命令で、れき県の山のふもとを流れる霊水の源を調べるために山奥へ入ったところ、そこへ七百年も前にそこに流されたという菊慈童が現われ、役人は不老長寿の薬「菊水」をさずけられるというあらすじです。
出典:屋台物語 北の巻 p.99(書き起こし・書き起こし(未校正))
龍/鳳凰/飛龍 (左右欄間・支輪・腰長押)
龍(左右欄間)(くわしくはP.91)、鳳凰(支輪)(P.85参照)、飛龍(腰長押)(前欄干正面)
出典:屋台物語 北の巻 p.99(書き起こし・書き起こし(未校正))
十二支 (支輪)
子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・・・という十二支は、年や日や時間、方角と結びついて昔から私たちの生活に深い関係をもって使われてきました。これは、大昔に中国で考えだされたものが、千二百年以上も昔に日本へ伝わってきたものだそうです。
それでは、たくさんの動物がいる中で、「ねずみ」や「うし」「とら」「うさぎ」・・・などの十二のものがなぜ選ばれたのでしょう。その理由はどうもはっきりわからない、というのが正解のようです。そこで、次のような昔話が作られてきたのではないかと思われます。
「十二支のはじまり」
むかしむかし、山おくに住んでいる神様が、あと一日でお正月という十二月三十日の夜に全国の動物たちに手紙を出しました。「一月一日の朝、私の所へ早く来たものから十二番目に来たものまでを、毎年順番に動物の大将にしてやる。」
とにかく朝早く行けばどんな小さな動物でも、どんなに弱い動物でも大将にしてもらえるのです。動物たちはおおさわぎです。 しかし、すごくのんびりした「ねこ」がいて、手紙をまだ読んでいませんでした。あとで「ねずみ」から手紙のことを教えてもらいました。
その時、いたずら者の「ねずみ」は、明日の朝集まるのを、あさっての朝集まるのだと、うそを教えました。
三十一日の夜、あすにそなえて動物たちは、はやくから眠ることにしました。けれども、「うし」だけは、足がおそいので今夜のうちから出かけようと歩き始めました。これを見ていた「ねずみ」はわからないように「うし」の背中にとび乗りました。
夜明けが近くなると、たくさんの動物たちがいっせいに起きて歩きだしました。
たくさんの中で「いぬ」と「さる」が先を競っています。丸木橋を渡るときどちらも自分が先にわたろうと、けんかになりました。
いよいよ正月の朝、家の前で待っている神様のところにやってきたのは「うし」です、しかし神様の前へ着くすぐ前に背中から飛び下りた「ねずみ」が一番になりました。三番は「とら」、四番は「うさぎ」、・・・・「さる」と「いぬ」は間に合ったのですが、まだけんかを続けています。ついに十二番め「い(いのしし)」まで決まりました。
その時、「ねずみ」にだまされて遅れてしまった「ねこ」がすごいけんまくで走ってきました。この時から、怒った「ねこ」は「ねずみ」をいつまでも追い続けているのだということです。
出典:屋台物語 北の巻 p.100-101(書き起こし・書き起こし(未校正))
飛龍 (腰長押)
「飛龍」は、鳳凰を生んだ親であるという説もあります。
出典:屋台物語 北の巻 p.101(書き起こし・書き起こし(未校正))