七福神⑦ 寿老人(じゅろうじん) (左右御簾脇・正面欄間)
七福神のうちの一人で「寿老神」とも言われ、中国の宋の時代に現われたと言われる。
身長三尺ほどの老人で、長い頭は身長の半ばであり、長く美しいひげをたくわえている。
鹿を従え、手にはうちわや、杖を持っていて、杖の頭には巻き物がつけられ、その巻き物には、それぞれの人間の寿命が記入されていると言われます。
1500年の長寿を保ったといわれ、長寿を授けてくれるおめでたい神とされていますが、「福禄寿」と同じ人物ではないかという説もあります。
本のスキャン(仮)p.119七福神⑦ 寿老人・毘沙門(御簾脇右) 調査中
御簾脇 右 解説 p.119
見出し「七福神⑦(左右御簾脇・正面欄間)」。「他の神様はP41・47・95・101・102参照」。写真は頁右上の左右2枚で、左右の対応は要確認
本のスキャン(仮)p.119七福神 恵美須・大黒(御簾脇左) 調査中
御簾脇 左 解説 p.119
キャプション「左…恵美須・大黒」
本のスキャン(仮)p.119七福神(正面欄間・左から福禄寿・弁天・布袋) 調査中
欄間 正面 解説 p.119
出典:屋台物語 南の巻 p.119(書き起こし・書き起こし(未校正))
亀(長寿の象徴) (支輪)
「鶴は千年、亀は万年」といわれ、長寿の象徴として古来からめでたいものとされてきました。そういうところから、「霊亀」とか「宝亀」など、年号にも亀という字が使われてきました。亀の寿命は万年というけれども、本当にそうでしょうか。 本で調べたところ、150年くらいがその寿命だということですから長生きの象徴といってもいいでしょう。
出典:屋台物語 南の巻 p.119(書き起こし・書き起こし(未校正))
鶴(長寿の象徴) (支輪)
では、亀の相棒の鶴はどうでしょう、これはなんと約40年ということです。それでは、百年以上長生きするものにはどんなものがあるでしょうか。タカ・ワシ・ウオムは約120年、トビは110年、白鳥・カラス・コイ・ナマズは100年くらいということです。錦コイには200年も生きているものもあるそうです。人間も100歳をこす人が次第に多くなって、本当におめでたいことです。
出典:屋台物語 南の巻 p.120(書き起こし・書き起こし(未校正))
二十四孝③孟宗(もうそう) (後欄間左)
三国時代に、名は「孟宗」、俗名は「恭武」という人がいました。幼いときに父に死に別れ、年老いた母親と二人で暮らしていました。しかも年老いた母親は重い病気で、もう先が見えているという状態でした。
ある夜、この母親が「筍(たけのこ)をどうしても食べたい。」と言い出しました。季節はちょうど真冬で、大雪が降っています。筍は、春暖かくなると生えてくるもので、真冬には、探したって見つかるはずがありません。
けれども、親孝行の孟宗は、夜中に吹雪の中を筍を探しに出かけました。雪の積もった下に筍などあるはずがありません。しかし、孟宗はいつ死ぬかわからない母親に何とか食べさせてやりたい一心で、竹やぶの中を雪をかきわけかきわけ鍬であたりを掘り、探しました。
けれど見つけることは出来ません。とうとう力つきた孟宗は、雪のうえに座り込み、一本の太い竹にしがみついて「病気の母が生きてるうちに筍を食べさせてやれないのが残念だ。」と、大声を上げて泣きだしました。大粒の涙が雪の上に、はらはらと落ちました。
すると、不思議なことに、孟宗の目の前の雪がごそごそと動きだしたかと思う間もなく、地面が割れ、そこに真新しい筍が何本か生えてきたのです。夢ではないかと、大喜びの孟宗はこの筍を掘って帰り、母親に食べさせることが出来ました。母親の病気も、この時から奇跡的によくなり、すっかり治ったということです。(今も、日本の竹やぶの太い竹に「孟宗竹」という種類があります。私たちがよく食べる筍は孟宗竹の筍です。)
本のスキャン(仮)p.120二十四孝③ 孟宗(竹の子を掘る孟宗<左>と氷をとかす王祥<右>) 調査中
欄間 後左 解説 p.120-121
「二十四孝はP68参照」。写真は後欄間左右が1枚に写る
出典:屋台物語 南の巻 p.120-121(書き起こし・書き起こし(未校正))
二十四孝④王祥(おうしょう) (後欄間右)
晋の時代に、「王祥」という人がいました。母親を早くなくし、父親が再婚したために、後妻の朱氏という人が王祥の継母となりました。この継母の朱氏は大変なわがままな人でした。けれども王祥は、生母の時と同じように継母にも親孝行をして過ごしました。
ある日のこと、この継母が「いきのよい魚を食べたい。」といいだしてききません。季節は真冬、寒さの最も厳しい頃のことです。
それでも王祥は、なんとかして継母のこの希望をかなえてやりたいと、池に出かけていきました。池についてみると、寒さの厳しい真冬のこと、水面はどこからどこまでもびっしりとぶあつい氷がはっていて、魚など捕るどころではありません。
途方にくれて立ちすくんでいた王祥は、やにわに衣服を脱ぎ捨て裸になりました。そして裸のまま氷の上に腹ばいになりました。自分の体温で氷をとかそうというのです。
「私の母親が、いきのいい魚を食べたいといっています。なんとかして魚を捕らせてください。」天に向って一心に祈りました。 雪も降り積もっています。体温などで氷がとけるはずはありません。
ところがどうでしょう、突然目の前の氷に一ヶ所、ぽっかりと穴があいたではありませんか。穴があいたと見る間に、今度はそこから大きな鯉が二匹水の上に躍り上がってきました。
王祥は、大喜びで、天に感謝をしながら、その鯉を家に持ち帰り、継母に煮て食べさせることができたということです。
出典:屋台物語 南の巻 p.121(書き起こし・書き起こし(未校正))
獅子 (木鼻)
(キャプションのみ)
出典:屋台物語 南の巻 p.121(書き起こし・書き起こし(未校正))