屋台に刻まれた物語English

屋台をめぐる / 南(飯田(山名神社))

東雲舘 東組

東雲舘(東組)の屋台
本のスキャン(仮) 屋台物語 南の巻 扉 p.49(1994年刊)

基本情報

読みしののめかん(ひがしぐみ)
落成年昭和29年7月
社名の由来この地区の発展を祈って、東組町内会の東と雲を組合せ、「明け方」「あけぼの」「夜がほのぼのと明ける」という意味の「東雲」舘と、名付けたのではないか。
工匠太田亮平(森町川原町)
彫刻早瀬利三郎、宏(浜松市幸町)・中山亮策(森町川原町)
塗装村松定助(森町川原町)……昭和34年4月塗装
車輪村松利雄(森町仲町)
御廉の社名揮毫不明
備考建具製作:土屋喜太郎(袋井市山梨町下町)。屋台が初めて引き回された年は、はっきりしないが、明治35〜6年頃には引き回されていたということである。現屋台は二代目、地区で育てていた山の木を伐採したお金で建設した。旧屋台は、昭和29年に現屋台新築にともなって袋井市西通り町内会へ譲渡、その後4〜5年引き回して老朽化につき廃車にした。現屋台の正面欄間、左右御簾脇の彫刻は前屋台のもの(早瀬利三郎……当時掛川市在住の作品)を使用している。車輪も前屋台の物を使用しているが、その製造年月日は不明。前屋台の左右と後欄間には、下りブドウの板透かし欄間(作者不明)が付けられていた。

出典:屋台物語 南の巻 p.50

この屋台の写真(2枚)

彫刻

天の岩戸 (前欄間)

神様たちが住む高天原(タカマガハラ)は、天照大神(アマテラスオオミカミ)が田畑を開き、養蚕・織物などを授け、よく治めたために平和な毎日を送っていました。

しかし、弟の須佐之男命(スサノオノミコト)は暴れ者で、その乱暴は次第にひどくなり田畑を荒らしたり、水路をこわしたり、ついには織物をしている小屋に、火をつけたり、皮を剥いだ馬を投げ込んだりという事件を起こしました。

これを見たアマテラスオオミカミはたいへんに怒り、難を避け「天の岩戸」という洞窟の中に姿を隠し、堅くその戸を閉ざしてしまいました。

そのために天地はすべて真っ暗やみとなり、不幸や災害が続々と発生し出しました。

これは困ったと、神々はアマテラスオオミカミを岩戸から出すための方法を相談し、それを実行することになりました。

にわとりをどっさり集めて来て岩戸の前でひっきりなしに鳴かせました。岩戸の前へ樽を伏せ天宇受女命(アメノウズメノミコト)という女神が、かつらの蔓をたすきにかけ、かつらの葉を髪飾りにし、樽の上へ上がり踊り始めました。まるで気違いになったかのように足をとんとん踏み鳴らしながらくるくると踊り狂いました。そのうちに、ひもが解け裸になってしまいました、それでも踊りはやめません。その様子がいかにもおもしろかったので、何千人という神様たちは一度にどっと吹き出し、転がり回って笑いました。にわとりは声をそろえてコケコッコーと鳴き立てます。

アマテラスオオミカミは何事が起ったのかと、岩戸を細く開けて外をのぞきました。それを見たウズメノミコトは踊りながら「八咫(やた)の鏡」をその前に突き出しました。鏡に映った自分の顔を見たオオミカミは「誰だろう?」と岩戸をもう少し開けました。

その時、岩戸のそばで待ち構えていた手力男命(タヂカラオノミコト)という力持ちの神様が戸を引き開け、オオミカミの手をとっていきなり外へ引き出してしまいました。

そこで、世界中、やっと、夜が明け悪神は逃げ去り、明るい世の中になりました。スサノオノミコトは高天原から下界へと追い払われました。

出典:屋台物語 南の巻 p.51-52(書き起こし・書き起こし(未校正))

高砂(たかさご) (右欄間)

兵庫県加古川河口の高砂神社にある「高砂の松」と、大阪にある「住吉の松」は、もともとは黒松と赤松が根元で合着した「相生の松」であるという言い伝えをもとにつくられた能の一つの物語です。

肥後の国(今の熊本県)阿蘇の神社の神主、友成が都見物の途中、播州(今の兵庫県)高砂に立ち寄り、海岸の景色をながめていました。

そこへ、熊手と箒(ほうき)を持った老人夫婦がやってきてそばに生えている松のまわりを掃き清めはじめました。友成は「高砂の松はどれですか、高砂の松と住吉の松は、国を隔てて離れているのになぜ相生の松と言われているのですか。」と尋ねました。すると老人は「わたしたちが掃き清めているこの松が高砂の松です。夫婦であれば、いくら離れていようとも二人の心は近いものです。」と答えました。

さらに相生の松についや、松のめでたさなどについて話し続け、私たちが、その高砂の松と住吉の松の精です。住吉で待っていますから、あなたもぜひおいでください。」といい残すと、小舟に乗って沖の方へ消えていきました。

土地の人から再び高砂の松のいわれを聞いた後、友成は住吉へ向って急ぎます。舟が住吉へ着くと、そこへ住吉明神があらわれて早春の景色をほめたたえ祝い、神舞を舞って千年も万年も長生きし、幸せにすごすことが出来たことを祝います。

このように、高砂の伝説は夫婦の長命・和合を祝う象徴として長く広く伝わってきました。

今でも結婚式等のお祝いの席で「高砂や・・・」と歌われるのはこの話です。

また、この高砂の松と老夫婦の姿はおめでたい正月の飾りもの等にもなっています。

出典:屋台物語 南の巻 p.52-53(書き起こし・書き起こし(未校正))

須佐之男命の八俣の大蛇退治/布袋と唐子 (左右御簾脇・左欄間)

須佐之男命の八俣の大蛇退治(左右御簾脇・P.26参照)、布袋と唐子(左欄間)P41参照

出典:屋台物語 南の巻 p.53(書き起こし・書き起こし(未校正))

十二支 (支輪)

詳しくはP136参照

出典:屋台物語 南の巻 p.54-55(書き起こし・書き起こし(未校正))

獅子/鍾馗の鬼退治 (木鼻・後欄間)

鍾馗の鬼退治(後欄間)P45参照

出典:屋台物語 南の巻 p.55(書き起こし・書き起こし(未校正))