高砂
兵庫県加古川河口の高砂神社にある「高砂の松」と、大阪にある「住吉の松」は、もともとは黒松と赤松が根元で合着した「相生の松」であるという言い伝えをもとにつくられた能の一つの物語です。
肥後の国(今の熊本県)阿蘇の神社の神主、友成が都見物の途中、播州(今の兵庫県)高砂に立ち寄り、海岸の景色をながめていました。そこへ、熊手と箒(ほうき)を持った老人夫婦がやってきてそばに生えている松のまわりを掃き清めはじめました。友成が「高砂の松はどれですか、高砂の松と住吉の松は、国を隔てて離れているのになぜ相生の松と言われているのですか。」と尋ねました。すると老人は「わたしたちが掃き清めているこの松が高砂の松です。夫婦であれば、いくら離れていようとも二人の心は近いものです。」と答えました。さらに相生の松についや、松のめでたさなどについて話し続け、私たちが、その高砂の松と住吉の松の精です。住吉で待っていますから、あなたもぜひおいでください。」といい残すと、小舟に乗って沖の方へ消えていきました。土地の人から再び高砂の松のいわれを聞いた後、友成は住吉へ向って急ぎます。舟が住吉へ着くと、そこへ住吉明神があらわれて早春の景色をほめたたえ祝い、神舞を舞って千年も万年も長生きし、幸せにすごすことが出来たことを祝います。
このように、高砂の伝説は夫婦の長命・和合を祝う象徴として広く伝わっていきました。今でも結婚式等のお祝いの席で「高砂や・・・」と歌われるのはこの話です。
また、この高砂の松と老夫婦の姿はおめでたい正月の飾りもの等にもなっています。
この解説が載っている箇所:共盛社(三倉) 北の巻 p.69、東雲舘(東組) 南の巻 p.52-53
書き起こし・書き起こし(未校正)。文章は各箇所でほぼ同じ内容。細かな表記の違いは各屋台のページで確認できます。