龍 (御簾脇・左右)
昔、中国で考えだされた想像上の縁起のいい、おめでたい生きものです。
地上、空中、水中どこにでも住み、雲や雨を思いのまま支配する力を持っているといわれています。
龍が現われる時には必ず、国家におめでたいことが起こるといわれ、その時は、お祝いをし、お祭りをし年号を改めるとされています。
角は鹿、頭は駱駝、眼は鬼、うなじは蛇、腹は「みづち」、鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛に似ているともいわれ、喉もとには、一尺(約30cm)四方くらいの逆さに生えた鱗があり、ここに触れると凄まじい勢いで怒りだし、触れた者を生かしてはおかないということです。「逆鱗に触れる」という言葉はここから生まれたものです。
玉を愛し、燕の肉を好むと言い、鉄、むかで、笹の葉、五色の糸が大嫌いであるとも言います。
一口に「龍」といっても、その種類はいくつにも分かれていて、その分け方にも色々な説があります。鱗のあるものを「蛟龍」、翼のあるものを「応龍」、角のあるものを「蚪龍」、などと形によって名前が違うという説があるかと思えば、「蛟」が千年たつと「龍」になり「龍」が五百年たつと「角龍」となり、さらに千年たつと「応龍」となるとか、年とともにその色が黄色になっていく、などと年令に応じて呼び名等が変わるという説もあります。
また、中国では、指の爪の数によってその位が決まっているとも言われているということです。
龍は、おめでたい動物ということで、「昇り龍」・「下り龍」などと、森町の「武家凧」の絵にもよく描かれています。
出典:屋台物語 南の巻 p.135(書き起こし・書き起こし(未校正))
十二支/十二支のはじまり (支輪)
子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・・・という十二支は、年や日や時間、方角と結びついて昔から私たちの生活に深い関係をもって使われてきました。
これは、大昔に中国で考えだされたものが、今から千二百年以上も昔に日本へ伝わってきたものだそうです。
それでは、たくさんの動物がいる中で、「ねずみ」や「うし」「とら」「うさぎ」・・・などの十二のものがなぜ選ばれたのでしょう。その理由はどうもはっきりわからない、というのが正解のようです。そこで、次のような昔話が作られてきたのではないかと思われます。
「十二支のはじまり」
むかしむかし、山おくに住んでいる神様が、あと一日でお正月という十二月三十日の夜に全国の動物たちに手紙を出しました。「一月一日の朝、私の所へ早く来たものから十二番目に来たものまでを、毎年順番に動物の大将にしてやる。」
とにかく朝早く行けばどんな小さな動物でも、どんなに弱い動物でも大将にしてもらえるのです。動物たちはおおさわぎです。 しかし、すごくのんびりした「ねこ」がいて、手紙をまだ読んでいませんでした。あとで「ねずみ」から手紙のことを教えてもらいました。
その時、いたずら者の「ねずみ」は、明日の朝集まるのを、あさっての朝集まるのだと、うそを教えました。
三十一日の夜、あすにそなえて動物たちは、はやくから眠ることにしました。けれども、「うし」だけは、足がおそいので今夜のうちから出かけようと歩き始めました。これを見ていた「ねずみ」はわからないように「うし」の背中にとび乗りました。夜明け近くなると、たくさんの動物たちがいっせいに起きて歩きだしました。
たくさんの中で「いぬ」と「さる」が先を競っています。丸木橋を渡るときどちらも自分が先にわたろうと、けんかになりました。
いよいよ正月の朝、家の前で待っている神様のところにやってきたのは「うし」です、しかし神様の前へ着くすぐ前に背中から飛び下りた「ねずみ」が一番になりました。
三番は「とら」、四番は「うさぎ」・・・「さる」と「いぬ」は間に合ったのですが、まだけんかを続けています。
ついに十二番め「い(いのしし)」まで決まりました。
その時、「ねずみ」にだまされて遅れてしまった「ねこ」がすごいけんまくで走ってきました。この時から、怒った「ねこ」は「ねずみ」をいつまでも追い続けているのだということです。
出典:屋台物語 南の巻 p.136-137(書き起こし・書き起こし(未校正))
恵比寿・大黒/獅子 (支輪・木鼻)
(P101・102参照)
出典:屋台物語 南の巻 p.138(書き起こし・書き起こし(未校正))