屋台に刻まれた物語English

屋台をめぐる / 北(天方)

神明社 黒石

神明社(黒石)の屋台
本のスキャン(仮) 屋台物語 北の巻 扉 p.31(1993年刊)

基本情報

読みしんめいしゃ(くろいし)
落成年昭和54年10月
社名の由来黒石地区の氏神様「神明神社」の名前をとって社名とした。
工匠奥宮友二・竹内稔・竹内忠一・岩田弘(森町黒石)
彫刻早瀬宏(浜松市)
塗装記載なし
車輪大場馨(袋井市川会)
御廉の社名揮毫不明
備考建具製作は、井口時夫(森町南町)、昭和58年に建具枠のみ漆を塗る。現屋台は2代目、昭和59年10月彫刻をつける。周囲の地区で屋台の新築が行なわれたので、黒石でもぜひ屋台をとの声が高まり、昭和51年に青年有志が大工さんを中心に集まって毎夜のように作業を続け、初代屋台を完成させ、引き回しを始める。初代屋台は、現屋台の完成にともなって、昭和54年に森町亀久保地区(八幡社)へ売却、現在も活躍中。

出典:屋台物語 北の巻 p.32

彫刻

手長・足長 (左右脇障子)

「手長・足長」は、「山海経」という中国の昔の本の中に「長臂国」「長股国」の人として出てきます。どちらも異常なスタイルをした想像上の人物、または神仙(仙人)と思われます。

この画が日本へ伝わり、内裏の清涼殿(天皇のいる部屋)の障子に鳥獣や仙人とともに「手長・足長」という名前で描かれたのが始まりで、その後に、神輿(みこし)の水引(幕)にも描かれるようになったという事です。

こういう事から、手長・足長が組になれば、どんなことでもできるという超能力を持つ不老長寿の仙人として、天皇の長寿、朝廷が永久につづいてほしいという願いなどから宮殿に描かれ、次第にそれが広まったのではないかと考えられます。 二人のスタイルは「山海経」の中の画や文をもとに描かれたものです。

出典:屋台物語 北の巻 p.33(書き起こし・書き起こし(未校正))

造化三神 (右後欄間)

すべての始めは、天と地との区別がなく、ただもやもやとしていました。やがて、このもやもやしたものが二つに分かれ、清く澄んだものが天に、どろどろと濁ったものが地となりました。このころ、天にある神様の国「高天原」に最初に現われ出たのが「天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ=中央)」で、天の中心に存在する中心的な神で、日本神話に最初に出てくる神様です。 次に現われたのが、「高御産巣日神(タカミムスビノカミ=高御産霊尊とも書く=右)」で、ムスは「苔むす」のムスと同じで天地の生成を意味し、ヒは日・火のことで、宇宙の生成力を神格化したものということです。

ものが生まれ出るということは、男女・雌雄の両性があってのこと、つまり生成力は二元的なものによってなされるという考えから、三番めには「神皇産神(カミムスビノカミ=神皇産霊尊とも書く=左)」が、タカミムスビと男女一対の神として現われ出たとされています。これらの三人の神様は、天地創造・万物生成の大事業を行なったというところから「造化三神」と呼ばれています。

出典:屋台物語 北の巻 p.33-34(書き起こし・書き起こし(未校正))

七福神 (御簾脇左右・正面欄間)

幸福を招くという七体の神様のことで、七体の組合せは時代によって異なっています。七人を組合わせたわけは、「竹林の七賢人」に倣ったとか、お経の「七難即滅、七福即生」という言葉に基づいたものだと言われています。

七福神の信仰は、商業の盛んになった室町時代の終わり頃から始まり、江戸時代に入ると、「七福神詣り」といって、元日から七日迄に一年の福運を祈るため七福神を祀った寺社を巡拝することが流行したということです。

① 「福禄寿(ふくろくじゅ)」

中国の宋の時代に、南北星の化身としてこの世に現われたという道士(道教の神様、仙人)であると言われています。

背が低く、頭が長く美しい髭を蓄えていて、常に経巻を結びつけた杖を持ち、多く鶴を従えています。年は数千歳で長寿をつかさどるおめでたい神として七福神の中に入ってきたものと思われます。

② 「寿老人(じゅろうじん)」

「寿老神」とも言われ、中国の宋の時代に現われたと言われる、頭の長い老人で、杖を携え、杖の頭には巻き物をつけ、うちわを持ち、鹿を従えています。長寿を授けてくれる神とされていますが、「福禄寿」と同じ人物ではないかという説もあります。

(他の七福神はP.77・97)

出典:屋台物語 北の巻 p.34-35(書き起こし・書き起こし(未校正))

伊邪那岐神(イザナギノカミ)・伊邪那美神(イザナミノカミ)と天照大神誕生 (左前欄間)

日本神話に、最初に夫婦神として現われたのが「イザナギノカミ(夫)」と「イザナミノカミ(妻)」です。イザは誘うという意味で、それにギ(男性)・ミ(女性)を付け加えて男女の区別をしたものです。

その任務は、夫婦の愛情について分担し、本州・四国・九州など数々の国土や、風の神・木の神・山の神・野の神など多くの神々をつぎつぎに生み出した後、「われ、すでに大八洲(日本の国)と、山川草木とを生みおえた。今度は天下の主人となるものを生み出そう。」といって生み出したのが、日の神「天照大神」であると言われています。

また、別の説では、たくさんの国土、多くの神々を生み出し、その最後に生んだのが「火之迦具土神(ホノカグツチノカミ)」という火の神です。しかし、その時に大火傷をし、それがもとでイザナミは亡くなってしまい死者の行く「黄泉(よみ)の国」へ行ってしまいました。夫のイザナギは、その後を追って黄泉の国まで行きますが、そこで目にしたのは、正体もわからないほど腐り、うじ虫がいっぱいに集り、その上、大雷などがまわりをとりまいている、変わり果てたイザナミの姿です。さすがのイザナギもあわてて黄泉の国から逃げだしました。「穢い所へ行って、穢いものを見てしまった。この穢れをさっそく清めよう。」日向(今の宮崎県)の橘小門(たちばなのおど)の阿波岐原(あわぎはら)で身につけていたものを清めたときつぎつぎに12の神が生まれ出てきました。さらに、川の中流に入って穢れを洗い落とすと11の神々が生まれ出ました。最後に左の目を洗い清めた時に生まれたのが天照大神(アマテラスオオミカミ)といい、皇室の祖先となる神様で高天原の最高位の神様です。右目を清めたときに、月の世界を治める「月読命」、鼻を清めたときに生まれたのが「須佐之男命」です。

出典:屋台物語 北の巻 p.35(書き起こし・書き起こし(未校正))

八俣大蛇退治 (左後欄間)

(くわしくはP.41)

出典:屋台物語 北の巻 p.35(書き起こし・書き起こし(未校正))

天の岩戸 (後欄間)

神様たちが住む高天原(タカマガハラ)は、天照大神(アマテラスオオミカミ)が田畑を開き、養蚕、織物などを授け、よく治めたために平和な毎日を送っていました。

しかし、弟の須佐之男命(スサノオノミコト)は暴れ者で、その乱暴は次第にひどくなり田畑を荒らしたり、水路をこわしたり、ついには織物をしている小屋に、火をつけたり、皮を剥いだ馬を投げ込んだりという事件を起こしました。

これを見たアマテラスオオミカミはたいへんに怒り、難を避け「天の岩戸」という洞窟の中に姿を隠し、堅くその戸を閉ざしてしまいました。そのために天地はどこもかしこも、すべて真っ暗やみとなり、不幸や災害が続々と発生しだしました。

これは困ったと、神々はアマテラスオオミカミを岩戸から出すための方法を相談し、それを実行することになりました。

にわとりをどっさり集めて来て岩戸の前でひっきりなしに鳴かせました。岩戸の前へ樽を伏せ天宇受女命(アメノウズメノミコト)という女神が、かつらの蔓をたすきにかけ、かつらの葉を髪飾りにし、樽の上へ上がり踊り始めました。まるで気違いになったかのように足をとんとん踏み鳴らしながらくるくると踊り狂いました。そのうちに、ひもが解け裸になってしまいました、それでも踊りはやめません。その様子がいかにもおもしろかったので、何千人という神様たちは一度にどっと吹き出し、転がり回って笑いました。にわとりは声をそろえてコケコッコーと鳴き立てます。

アマテラスオオミカミは何事が起こったのかと、岩戸を細く開けて外をのぞきました。それを見たウズメノミコトは踊りながら「八咫の鏡」をその前に突き出しました。鏡に映った自分の顔を見たオオミカミは「誰だろう?」と岩戸をもう少し開けました。

そこで、岩戸のそばで待ち構えていた手力男命(タヂカラオノミコト)という力持ちの神様が戸を引き開け、オオミカミの手をとっていきなり外へ引き出してしまいました。

そこで、世界中、やっと、夜が明け悪神は逃げ去り、明るい世の中になりました。スサノオノミコトは高天原から下界へと追い払われました。

出典:屋台物語 北の巻 p.36(書き起こし・書き起こし(未校正))

猿田彦命(サルタヒコノミコト)と天狗 (右欄間)

身長がたいへん高く、顔は赤くて鼻が高い、眼は大きくその輝く様子はほおずきのようである、これがサルタヒコノミコトの姿です。

乱れていた下界が平らげられたので、天照大神(アマテラスオオミカミ)は、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に、「お前が降りていってあの国を治めよ」と命じました。

いよいよ出発しようとした時、大空から下界への通り道の辻に誰か一人の神様がまぶしい光をきらきらと放ちながら立ちはだかっているのが見えました。それをご覧になったアマテラスオオミカミは心配して急いで天宇受女命(アメノウズメノミコト)を呼び「そなたは女ではあるが、逆らってくる神とにらみ合って追い払うことができる力をもっている。お前一人で行って、何者かしっかりと責めただしてこい。」と命令しました。そこで、言われたとおり出かけていったウズメノミコトが責め立てると、「私は、下界の神で猿田彦命(サルタヒコノミコト)と言う者です。わざわざここまで来たのは、大空の神が下界に降りてくると聞いたので、先に立って道案内を申し上げるためです。」とかしこまって申し上げました。その報告を聞いたオオミカミは安心しました。そして、ニニギノミコトは、大勢の神々を従えて出発です。行列の先頭には、二人の勇ましい神が大きな剣を下げ、大きな弓と強い矢を抱えて先払いをします。この行列の道案内は赤い顔、高い鼻のサルタヒコノミコトです。たくさん重なった雲をおしわけおしわけ進んでいきます。(祭典によく見られる、神輿の渡御の行列は、このようすをうつしていると言います。)

天狗の姿は、鋭い眼光・赤い顔・長い髪・強い力・背が高いの五つが特長で、修験者の服装をして、山の神としての性格を受け継いでいるようです。また、一方で、これより先に、「烏天狗(からすてんぐ)」と呼ばれる、口が犬(天狗)や鳥のように飛び出してとがり背中には翼を持ち、僧侶の服装をしているものもあります。インドにヒンドゥー教の神の乗り物で、蛇を食べ、鳥の王とされる「ガルダ」という空想の鳥が伝えられていて、その姿は日本の烏天狗にそっくりです。この姿が中国の妖怪「天狗」(てんこうと読み、首の白い狸のような姿で、邪気を払う力を持っている。)や、日本人の山の神についての想像力の中から今の天狗の姿が生み出されたのではないでしょうか。

出典:屋台物語 北の巻 p.37(書き起こし・書き起こし(未校正))