屋台に刻まれた物語English

屋台をめぐる / 森の祭り(旧森町)

比雲社 仲横町

比雲社(仲横町)の屋台
森の祭りアーカイヴ「森町の屋台 仲横町 比雲社」(投稿日 2025-09-26)
この写真の説明

現在の屋台は平成元年9月、大庭政吉を委員長とした屋台建設委員会を発足させ、平成5年10月、屋台と彫刻が完成した。屋台本体は栄町の工匠・山本庄平の天才的な技術によって造られ、彫刻は富山県の井浪彫刻協同組合の彫刻師たちによって彫り上げられた(「森の祭りHP」より)。

基本情報

読みひうんしゃ(なかよこまち)
落成年明治22〜3年 / 大改修 大正11〜2年
社名の由来雲(上の龍)に比肩するごとくに、という願いをこめて命名したのではないだろうか。
工匠内藤権六(仲横町)とその親方(片桐某)
彫刻(記載なし)
塗装掛川市住人(氏名は不明)
車輪村松利雄(仲横町)
御廉の社名揮毫記載なし
備考森町に現存する最古の屋台。森の屋台の原型に最もちかいもので、文化財的な価値がある。塗装は、職人芸をいかんなく発揮したもので、柱の「貝入れ塗り」などは見事なものである。天幕は、皇太子(昭和天皇)のご成婚を祝して東京白木屋へ注文作製、刺しゅうの龍の図柄は原科氏(仲横町)の描いたものである。長い年月で傷んだ刺しゅうを、町内の婦人たちが一生懸命に修理をした。平成4年には新屋台が落成予定。

出典:森の祭り(森の巻) p.42

この屋台の写真(2枚)

彫刻

龍(天幕の刺しゅう) (天幕)

昔、中国で考えだされた想像上の、縁起のいいおめでたい生きものです。

地上、空中、水中どこにでも住み、雲や雨を思いのまま支配する力を持っているといわれています。龍が現われる時は必ず、国家におめでたいことが起こるといわれ、その時は、お祝いをし、お祭りをし、年号を改めるとされています。

角は鹿、頭は駱駝、眼は鬼、うなじは蛇、腹は「みづち」、鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛に似ていて、喉もとには、一尺(約30cm)四方くらいの逆さに生えた鱗があり、ここに触れると凄まじい勢いで怒りだし、触れた者を生かしてはおかないということです。「逆鱗に触れる」という言葉はここから生まれたものです。

玉を愛し、燕の肉を好むと言い、鉄、むかで、笹の葉、五色の糸が大嫌いであるとも言います。

一口に「龍」といっても、その種類はいくつにも分かれていて、その分け方にも色々な説があります。

鱗のあるものを「蛟龍」、翼のあるものを「応龍」、角のあるものを「蚪龍」、などと形によって名前が違うという説があるかと思えば、「蛟」が千年たつと「龍」になり、「龍」が五百年たつと「角龍」と化し、さらに千年たつと「応龍」となる。年とともにその色が黄色になっていく、などと年令に応じて呼び名が変わるという説などもあります。

龍は、おめでたい動物ということで、「昇り龍」・「下り龍」などと、森町の「武家凧」にもよく描かれています。

この天幕は、昭和天皇のご成婚を祝して制作したもので、原画は、当町出身の原科氏の作です。東京の「白木屋」へ注文しましたが、ちょうどその時関東大震災がおこりました。東京は焼け野原になりましたが、刺しゅうをするため京都へ出してあったこの天幕は助かったというエピソードが残っています。

出典:森の祭り(森の巻) p.43-44(書き起こし・書き起こし(未校正))

屋台の細部(構造・塗り・刺しゅう・建具) ((細部))

「森のまつり屋台」の中で最も古いこの屋台をじっくり見るとあちらこちらに、森の祭りの歴史、激戦の跡がきざみこまれていることがわかります。

また、古くなったとはいえ構造・塗り・刺しゅう・建具等どれを見ても、そこには製作にかけた職人さん達の腕が、芸が、心意気が見る人に新鮮に伝わってきます。

出典:森の祭り(森の巻) p.45(書き起こし・書き起こし(未校正))