小野道風(おののみちかぜ)と蛙 (左右御簾脇)
小野道風の家は、ひいおじいさんの峰守(みねもり)、おじいさんの篁(たかむら)などと、代々、学問にすぐれた人たちをたくさん出していました。その血すじか道風も小さな頃から本を読むのが大好きでした。父親は、道風に書道の手本として王義之(おうぎじ)の書いたものを与え「おじいさんは、こんなにすりきれるほど、この本を手本に書道にはげんだのです。おまえも、おじいさんにまけないように、しっかりがんばりなさい。」とはげましました。王義之というのは中国の人で書道の神様と言われるほどの書の名人でした。
道風は、これを手本に一生懸命に練習しました。12才の時、扇子に二字を書いて醍醐天皇にさしあげ、「みごとだ、子供が書いたものとは思えない」とほめられるほどになりました。24才の時、京都の道澄寺の鐘に彫る字を書いて、さらに有名になりました。
27才の時には、書き方の先生として、醍醐天皇のそば近くつかえる蔵人(くろうど)という役につくことができました。
これほど書のうでのあがった道風にも悩みがありました。「いくら中国の立派なお手本を見てじょうずに書けても、何となく満足できない。人まねでなく、なんとかして日本人の気持ちに合った、自分の字が書けないものだろうか。」
くる日もくる日も悩みました、悩んでは練習し練習しては悩みました。あきらめようと思ったこともありました。
ある日のこと、いらいらした気持ちを晴らそうと、雨の中を散歩に出かけました。いくら歩いても書のことが頭からはなれません。いつのまにか、池のほとりに出てきていました。
ぼんやりと立ち止まって柳の枝が風にゆれているのをながめていました。ふと目を止めると池の畔に一匹の蛙が、じっと虫のとまった柳の枝先を見上げています。柳の枝が風にゆれてねらいが定まりません、ぴょんととんでは落ち、とんでは落ち、繰り返し繰り返しとびあがり続けています。見つめている道風の前で、蛙は、とうとう虫にとびつくことが出来ました。
「そうだ、どんなことでもあきらめてはだめだ。自分の気に入る字が書けるまでは、どんなに苦しくてもやりとげなくては。」それからも、毎日、朝早くから夜遅くまで机にむかって、日に何千字と習い続けました。こうして、ついに、中国の真似ではない、自分の気に入った日本流の書き方をつくりだすことが出来たのです。
出典:屋台物語 南の巻 p.25-26(書き起こし・書き起こし(未校正))
八俣の大蛇(やまたのおろち)退治 (正面欄間)
天空の高天原(タカマガハラ)から追い降ろされた須佐之男命(スサノオノミコト)が、出雲の国の川辺を上流へと歩いている時のことです。
美しい娘を中にして、お爺さんとお婆さんが泣いていました。ミコトの質問に「私はこの国に住む神で、名は足名椎(アシナヅチ)、妻は手名椎(テナヅチ)娘は櫛名田姫(クシナダヒメ)と申します。高志(コシ)という所に住む八俣の大蛇と申す、体は一つですが頭が八つ、尾が八つに分かれている恐ろしい大蛇が 毎年出てきては娘を一人ずつ食べ、八人いた娘もこの娘一人だけになってしまいました。この娘も、もうすぐ食べられてしまうかと思うと悲しくて悲しくて・・・」と泣き泣き答えました。「よし、そんなものは私が退治してやろう。そのかわり、この娘を、私の嫁にくれないか。」老夫婦が承知すると、喜んだミコトはまず娘を櫛に化身させて自分の髪にさし、二人に命令しました。
「米を集めて、よい酒をどっさり作れ、それからまわりへぐるっと垣根をめぐらし八か所に門を作れ。そして、それぞれの門に、作った酒を入れた瓶をおいて待っておれ。」
しばらくすると、天地にひびきわたる物凄い音とともに、なまぐさい風が吹き始め、大蛇が赤く燃えるような目をして現われました。しかし、大好物の酒の匂いに気づくと八つの頭を八つの瓶につっこんで、ぐいぐいと飲み干しました。さすがの大蛇も酔い潰れて眠ってしまいました。この時とばかりにとびだしたミコトは、腰の「十拳剣(トツカノツルギ)」を抜いてずたずたに切ってしまいました。その血が流れ川の水は真っ赤になりました。最後に尾の方を切り付けると、カチッと音がして立派な太刀が出てきました。
ミコトは「天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)」と名付けたこの刀を高天原にいる姉の天照大神に、お詫びのしるしにさしあげました。
出典:屋台物語 南の巻 p.26-27(書き起こし・書き起こし(未校正))
鼠(ねずみ) (後欄間)
狐が稲荷の使いとして信仰されるのと同じように、「ねずみ」は七福神の一人「大黒天」の使いとして、福をもたらすもの、家の財産を増やしてくれるものと信じられてきました。
「大国主命」が、スサノオノミコトを訪ねていったときのことです。スサノオは大国主を試すために一本の矢を広い野原の真ん中に放ち「あの矢を拾ってまいれ。」と命じました。
大国主がさがしにいくと、今度は野原に火を放ちました。四方を火に囲まれてどうすることも出来なくなった大国主を救ってくれたのが一匹のねずみでした。ねずみの穴に入って野火を避けることが出来た大国主に、今度はねずみが矢をさがしだし、くわえてきて渡してくれたというのです。 大黒と大国の字の読み方が同じところからいつのまにか混じりあって七福神の「大黒様」となり、米俵に乗った姿となり、米とねずみが結び付けられ、大黒様の使いがねずみである、となったのではないかという説があります。
また、火事や地震などの災害が起きる前にはねずみたちがその家から姿をかくしてしまう等といって災害の予知力をもった動物として家ねずみは古くから霊獣視されてもいたということです。また、なぜか十二支のなかでねずみ(子)は一番目に位置しています。
ねずみは「ねずみ算」というようにわずかな期間に子供・孫・曾孫・・とおびただしい数の子孫を残すことから、子孫繁栄と結びつけ、おめでたい動物とされたのかもしれません。
出典:屋台物語 南の巻 p.27-28(書き起こし・書き起こし(未校正))
花鳥 (左右欄間)
(キャプションのみ)
出典:屋台物語 南の巻 p.28(書き起こし・書き起こし(未校正))