屋台に刻まれた物語English

著者のことば

“祭り愛好家”岩本雅志が、三冊の本の巻頭と巻末に記した文章を、本のとおりに掲載します。発行の年ごとに、書かれた内容や、お礼を述べられている方々が異なります。

遠州森の祭り「屋台物語」

平成3年(1991年)11月1日発行 非売品 文・写真:岩本雅志 印刷:彩光堂印刷

はじめに

「祭り」それは、地域という土壌が育ててきた文化の集大成されたものであり、それは、その土地に住む人々の永年にわたって培ってきた心意気が形として現われ出たものであるといえる。

「森の祭り」の「屋台」一つをとっても、建築・彫刻・塗り・飾り金具・だしもの(屋台に乗せるかざり人形など)等の総合された芸術作品であり、それに加わる、大小の太鼓・横笛・すり金等によるお囃子の音楽、法被や提灯のデザイン等も合わせて総合された芸術作品と考えられる。ここでもう一つ、忘れてはいけないものに「掛け声」がある。屋台を引き回したり、けんか(=練り)をする時の森の祭り特有の人々の掛け声である。屋台を動かす人々のエネルギーの結晶であるこの掛け声によって「静」の芸術作品が、生きて動く「動」の芸術作品となって人々の心をよりつよく動かすのである。

この「森の祭り」という伝統文化を代々正しく受け継ぎ、さらに盛んにしていくために、書物等の形にまとめ、残しておく必要があると考え二十数年間写真を中心に資料を集めてきた。

ちょうどこのような折、平成元年『森の祭り』という冊子を祭典本部が発行した。大変大勢の人々に読まれ、大好評を得たということでうれしく思っている。

自分の資料をもとに、この『森の祭り』との重複をできるだけ避け、屋台彫刻の題材についてを中心に書いてみたのがこの冊子である。

森の祭りでは、屋台を見るのもいい、屋台を引くのもいい、練りに入ればさらにいい。しかし、一台一台の屋台をすみからすみまでじっくりと見てみるのもまた楽しいものである。屋台彫刻(森では「彫り物」と呼ぶ)一枚一枚を「どんな彫刻か」「何が彫ってあるのか」「どうしてこれが彫ってあるのか」等と見ていくのもおもしろい。そうしているうちに、彫刻師たちの心意気が伝わってくるし、屋台づくりに係わった腕自慢の職人さんたちの心も伝わってくる。また、大変な苦労・努力を重ねながら自分たちの屋台を完成までもっていったその町内の人々全員の心意気も伝わってくるものである。こうしたことから、屋台をより大切にし、彫刻を大切にする心も育っていくのではなかろうか。

書きはじめは、小学生ぐらいから読んでもらいたいと思って書き始めたが、無理なものが多く、そうはならなかった。読んで下さった方が自分の口から子供さんやお孫さんにわかるように話して下されば大変うれしい。それが「森の祭り」という「私たちの財産」を大切に受け継いでくれる人間を増やすことにつながると思うからである。

内容、文章等大変に不備な点が多くあるが、いろいろ熱心にお教え下さったかたがたへの感謝の気持ちを一刻も早く表したいという気持ちから印刷してみた。

平成3年10月

森町天宮 岩本雅志

出典:森の巻 p.1(別ファイル)(書き起こし・未校正)。署名の肩書き:森町天宮

あとがき

「森の祭り」が好きだ、いつまでも大切に伝えたい。そんな気持ちで写真を中心に資料集めをしてきた。その中から、屋台彫刻の画題についてを中心まとめてみた。

中国や日本に昔から伝わる話・神話、歴史上の一場面がほとんどであるが、それらは伝承されている間に変化したり、あいまいになったり、不確実なものが多い。調べた本によってもその内容にかなりの違いがあることがそれを物語っている。その中から、不十分な知識のまま独断と偏見で選んで、書き記したということをまずお断わりしておく。

写真を写していて困ることがいくつかある、まず一年一度のお祭りの時しか写せないということ、これは仕方がない。それから、昼間から提灯が下げられていて、せっかくの彫刻がかくれてしまって見られないこと、また曳き回しの時、屋台正面の欄干に小さな子供ならいいが、酔っ払った大人が立って乗っていること。いくら立派な屋台でも、いくら立派な彫刻をつけてもこれではもったいない気がするがどうだろう。

この冊子をまとめるにあたって、平成元年祭典本部発行の『森の祭り』を参考にさせていただいたことをお断わりするとともに、三浦末氏(向天方)・中山亮策氏(川原町)・栩木守氏(浜松市)をはじめ多くの方々にお教えをいただいたり、励ましをいただいたりしたことに感謝したいと思う。また、彩光堂印刷の北川耕二氏にもお世話になった。

「森の祭り」について、屋台彫刻以外にも、まだまだ記録しておきたい分野も多い。

14台の屋台の彫刻を一枚残らず写し、鮮明に印刷をして残したかったのだが、なかなかそうはいかなかったし、また、文章もまだまだ不備な点が多く見受けられる。

森町の他地区の屋台まで含めて、これからも、こつこつと資料集めに励みたいと思っている、いろいろとご教示下されば幸いである。

最後になったが、文中でお名前が敬称略になっている失礼をお詫びする。(岩本 雅志)

出典:森の巻 p.121(書き起こし・未校正)。「栩木守」は原本の字(「栃木」の可能性。要確認)

遠州森町の祭り 屋台物語<北の巻>

平成5年(1993年)10月1日発行 非売品 文・写真・編集:岩本雅志 印刷:彩光堂印刷

はじめに

「祭り」それは、それぞれの地域という土壌が育ててきた文化の集大成されたものであり、それは、その土地に住む人々の永年にわたって培ってきた心意気が形として現われ出たものの一つであるともいえる。

祭りの「屋台」一つをとって見ても、建築・彫刻・漆塗り・飾り金具・だしもの(屋台に乗せる飾り人形)などの総合された芸術作品であり、さらに、それに大小の太鼓・よこ笛・すり金によるお囃子の音楽、法被や提灯のデザインが加わる、それから忘れてはいけないものに「掛け声」もある。屋台を引き回したり練ったりするときのその土地独特の掛け声である。屋台を動かす人々のエネルギーの結晶である、この掛け声によって「静」の作品が「動」の作品となって人々の心をより強烈に揺り動かすものである。

ここ、遠州森町に伝わる祭りという伝統文化を、正しく受け継ぎ、さらに盛んにしていきたいという願いから、二十年以上にわたり写真を中心に資料集めをしてきたものの中から、平成3年に「遠州森の祭り、屋台物語り」として本にまとめた。

「森の祭り」というのは、森町の三島神社を中心にした11月1日〜3日に行なわれる祭りの固有名詞であり、本の内容もそれに合わせたものであった。

しかし、森町ではその外にもまだまだたくさんの祭りが行なわれ、屋台が引き回されるものも多い。

今回は、「森の祭り」以外の祭りを「遠州森町の祭り」として、「屋台物語り」をまとめた。本書は「北の巻」として、森町天方地区・三倉地区(=泉陽中学校区)の屋台についてまとめ、森町飯田地区・園田地区・一宮地区(=旭が丘中学校区)は「南の巻」として次回にまわすことにした。

祭りに引き回される屋台を見物するのもいい、引き回しに加わればさらにいい、しかし、一台一台をじっくり見て回るのもまた楽しいものである。

「どんな彫刻がつけられているか。」「何が彫ってあるのか。」などと見ているうちに、彫刻師たちの心意気が伝わってくるし、屋台づくりにかかわった腕自慢の職人さんたちの心も伝わってくる。さらに、大変な苦労、努力を重ねながら自分たちの屋台を完成にまでもっていったそれぞれの町内の人々一同の心意気も伝わってくるものである。こうした中から屋台を大切にする心、ひいては代々伝えられてきた祭り、さらにはその地域、ふるさとを大切にする心も育ってくるのではないだろうか。

内容、文章等大変に不備な点が多くあると思うが、いろいろとご示唆いただければ幸いである。

平成5年10月

森町天宮 岩本雅志

出典:北の巻 p.1(別ファイル)(書き起こし・未校正)

あとがき

「祭り」が好きだ、特にふるさとの祭りは。そして、それらをいつまでも大切に伝えていってほしいものだ。そんな気持ちで写真を中心に資料集めを始めて二十年を数年越えた。それらの中から、屋台や屋台彫刻の画題についてを中心にまとめてみた。

画題は、中国や日本にむかしから伝わる話・神話、歴史上の一場面等がそのほとんどであるが、それらは伝承されている間に変化してしまったり、あいまいになったり、創作と史実がいっしょになってしまったりして不確実なものが多い。それは、調べる本によっても記述内容がかなり異なっているということからもよくわかる。その中から、不十分な知識のまま独断と偏見で選んで書き記したということをまずお断わりしておく。

写真を写していて困ることがいくつかある、一年に一度のお祭りの時しか写せないし、万一、雨でも降ればまた一年待たなければならない。また、たといい天気であっても提灯や飾りもののために彫刻がかくれてきちっと見えないことも多い。けれども、なんとかして写そうと苦心している時、親切に声をかけて手助けをしてくれた方々も何人かいて、本当に助かった。

この冊子をまとめることができたのは、各地区でいろいろと教えてくださったり、メモを出してくださったりした方々のおかげでもある、ここに心から感謝をしたいと思う。また、三浦末氏(向天方)・中山亮策氏(河原町)・安間紀雄氏(大鳥居)・早瀬宏氏(浜松市)・栩木守氏(浜松市)をはじめ多くの方々からお教えをいただいたり、励ましをいただいたり、資料をいただいたりしたこともここに記し感謝の気持ちを表わしたいと思う。

神社関係の資料は、昭和59年度森町教育委員会主催の「森町少年ふるさと運動」において、鈴木利男氏を指導者にしてまとめた冊子「森町のお宮」をもとにまとめさせていただいたこともおことわりしておく。

神社・祭礼行事・屋台概説等については、調査の時、お教えいただいた人数等に限度もあり、まだまだ調査不十分なところが多くあるのではないかと思う。まちがい、不十分な点、祭りの資料等ありましたらぜひお教えいただき、今後、より正確なもの、よりくわしいものに改善していきたいと思っている。

この冊子をきっかけにして、「祭り」を通して、ふるさとのよさをよりよく知り、大切にしようとする人が一人でもふえることを念願としている。

最後に、彩光堂印刷の北川耕二氏にも大変にお世話になったことも記しておきたい。

追記 屋台や祭りについて数多くのお教えをいただき、折りにふれいつも励まして下さった三浦末氏が、本冊子印刷寸前に亡くなられ、この冊子をご覧いただけなかったこと大変残念であった。屋台や、祭りの大切さを熱っぽく力説していた氏の、ご冥福を心より祈りたい。

(冊子の文中で、お名前の敬称を略させていただいたこと、失礼をお詫びする。)

(「遠州森町の祭り 屋台物語」の<南の巻>飯田・一宮・園田地区を次回に発行したく、調査・編集を進めている、いろいろとお教えくだされば幸である。)

出典:北の巻 p.110-111(書き起こし・未校正)。「栩木守」は原本の字。「たといい天気」は原本のまま(脱字の可能性)。解説は p.110 から p.111 へ続く

遠州森町の祭り 屋台物語<南の巻>

平成6年(1994年)10月1日発行 非売品 文・写真・編集:岩本雅志 印刷:彩光堂印刷

はじめに

「祭り」それは、それぞれの地域という土壌が育ててきた文化の集大成されたものであり、それは、その土地に住む人々の永年にわたって培ってきた心意気が形として現われ出たものの一つであるともいえる。

祭りの「屋台」一つをとっても、建築・彫刻・漆塗り・飾り金具・だしもの(屋台に乗せる飾り人形)などの総合された芸術作品であり、それに加える、大小の太鼓・よこ笛・すり金による、お囃子の音楽、法被や提灯のデザイン、それから忘れてはいけないものに「掛け声」もある。屋台を引き回したり練ったりするときのその土地独特の掛け声である。屋台を動かす人々のエネルギーの結晶であるこの掛け声によって「静」の作品が「動」の作品となって人々の心をより強烈に揺り動かすものである。

ここ、遠州森町に伝わる祭りという伝統文化を、正しく受け継ぎ、さらに盛んにしていきたいという願いから、約三十年にわたり写真を中心に資料集めをしてきたものの中から、平成3年に「遠州森の祭り、屋台物語り」として、森町中央部の三島神社祭礼を中心に本にまとめた。

しかし、森町ではその他にもまだまだたくさんの祭りが行なわれ、屋台の引き回しが行なわれるものも多い。そこで引き続き、森町北部(天方地区・三倉地区=泉陽中学校区)の祭りを「遠州森町の祭り、屋台物語り」<北の巻>としてまとめた。

本書はさらにこれに引き続き、森町南部(飯田地区・園田地区・一宮地区=旭が丘中学校区)の祭り屋台についてまとめたものである。

祭りの屋台は見物するのもいい、引き回しに加わるのもいい、しかし、一台一台をじっくり見て回るのもまた楽しいものである。 「どんな彫刻がつけられているか。」「何が彫ってあるのか。」などと見ているうちに、彫刻師たちの心意気が伝わってくるし、屋台づくりにかかわった腕自慢の職人さんたちの心も伝わってくる。さらに、大変な苦労、努力を重ねながら自分たちの屋台を完成にまでもっていったそれぞれの町内の人々の、融和と団結をさらに高め、よりよい町づくりをして行こうとする心意気も伝わってくるものである。

こうした中から屋台や彫刻を大切にする心、ひいては代々伝えられてきた祭りや、さらにはその地域、ふるさとを大切にする心も育ってくるのではないだろうか。

「祭りは地域社会のビタミン」であり、「ふるさとの心の核」であるともいえると思う。

内容、文章等大変に不備な点が多くあると思うが、いろいろとご教示いただければ幸いである。

平成6年10月

森町天宮 岩本雅志

出典:南の巻 p.1(書き起こし・未校正)

付記(1〜3)

付記1

全国的に有名な祭りはそうでもないと思うが、一般的には、祭り・祭礼行事・屋台(山車)などその起源・歴史等については案外無頓着のまま、その時その時を過ごしてきていたように思われるがどうであろう。その訳は、神事は別としても、「祭り」というものが、集団で酒をのみ騒ぎまわるものという面でしか捉えられていなかったからかもしれない。

物質的な便利さ豊かさ、合理性のみを追い求めてきた今までの社会の流れのなかで、心の問題がおろそかにされてきたことが問題点としてあげられている。人間が人間として心豊かに人間らしく生きていく、そんな面から考えていくと「祭り」というものには人間としてもっともっと大切にしなければならない貴重な「心」のなにものかが残っているといえるのではないだろうか。もっとも、人集めや観光宣伝だけが目的の祭り、イベント・ショー・フェスティバルのようなものは別であるが。

このようなことから、全国的に「祭り」が注目され見直されてきたことは当然なことと思われるし、大変うれしいことでもある。

そこで各地域の大きな祭り小さな祭りどんな祭りについても起源や歴史等わかる範囲で調べ、きちっと記録にまとめ残しておくことが大切であると思われる。

付記2

「遠州森の祭り」「北の巻」の出版により、各地から、お便りやお電話をいただいたり、各地の祭り資料や出版物を送りくださったりして、全国各地には祭りを大切に受け継ぎますます発展させようと活躍している祭り好きが大勢おられることを知り心強く感じている。活動は個人的なものだけでなく「愛知山車祭り研究会」・「だん吉友の会」(岸和田市)等組織的に活動、資料交換、研究成果交換を通して研究を深めている人たちもおられる。

わたしたちの地域にも、まわりに祭り好きはかなりいると思われる。屋台(山車・祢里・舘車・・・)・彫刻・お囃し・祭礼行事などに興味をもっている人から、祭りを見て歩くのが好きだという人まで、祭りに関心をもっている人が集まって資料交換などできる組織的なものが出来ればと思っている。しっかりした組織でなくても、連絡しあうグループという程度でもいい、せめて町のなかで、さらにいくつかの町のなかで、さらにそれがもっと広い地域へと広がっていけば、などと思いをめぐらせているこのごろである。

付記3

森町の中で、江戸時代までとは限らず、明治・大正・昭和(終戦直後まで)も含めた時代のお祭りに関係ある書類・写真などが、それぞれのお宅・公民館公会堂・倉庫などにありましたらぜひ拝見させていただきたくお教えくだされば幸いである。

出典:南の巻 p.165(書き起こし・未校正)。「祭り好きは…」の部分に写りの乱れあり(「祭り好きはかなりいる」と読める)

あとがき

「祭り」が好きだ、特にふるさとの祭りは。そして、それらを長年受け継いできた先人の努力を思い起すとともに、今後いつまでも大切に伝えていってほしいものだ。そんな気持ちで写真を中心に資料集めを続けてきた。それらの中から、屋台や屋台彫刻の画題についてを中心にまとめてみた。

画題は、中国や日本にむかしから伝わる話・神話、歴史上の一場面等がそのほとんどであるが、それらは伝承されている間に変化し、あいまいになったり、創作と史実がいっしょになってしまったりして不確実なものも多い。それは、調べた本によっても記述内容がかなり異なっているということからもよくわかる。その中から、不十分な知識のまま独断と偏見で選んで書き記したということをまずお断わりしておく。

写真を写していて困ることがいくつかある、一年に一度のお祭りの時しか写せないし、万一、雨でも降ればまた一年待たなければならない。また、たといい天気であっても提灯や飾りもののために彫刻がかくれてきちっと見えないことも多い。なんとかして写そうと苦心をしている時、親切に声をかけて手助けをしてくれた方々も何人もいて、本当に助かった。

この冊子をまとめることができたのはこれらの方々、また各地区でいろいろと教えてくださったりした方々のおかげでもある、ここに心から感謝の気持ちを表したい。 中山亮策氏(川原町)・栩木守氏(浜松市)・早瀬宏氏(浜松市)・山田隆氏(浜松市)・加藤正敏氏(竜洋町)・山本和夫氏(栄町)・安間紀雄氏(大鳥居)をはじめ多くの方々からお教えをいただいたり、励ましをいただいたり、資料をいただいたりしたこともここに記し感謝の気持ちを表わしたいと思う。さらに、資料収集にあたっては山本正一氏(南戸綿)・坂中美直氏(鴨谷)・村松康彦氏(下飯田)・小野優氏(草ケ谷)をはじめ、各地区の町内会長や祭典責任者の方々にもお手数をおかけしたことに心よりお礼申し上げたい。

神社関係の資料は、昭和59年度森町教育委員会主催の「森町少年ふるさと運動」において、鈴木利男氏を指導者にしてまとめた冊子「森町のお宮」をもとにまとめさせていただいたこともおことわりしておく。

今回のこの冊子で、遠州森町で活躍している56台の屋台を紹介し終えたことになるが、この間にも屋台新築の動きにのって、数台が新しくなった。数年後にはまた編集し直す必要があると思うしそうしたいと思う。また、森町にとどまらず周辺から少しづつ、市町村別に屋台(山車)の図鑑(写真による紹介)のようなものも作れたらとも思っている。

この冊子の原稿を書くにあたり、神社・祭礼行事・屋台概説等について調査する時、お教えを受える人の数等に限度もあり、まだまだ調査不十分なところが多くあったのではないかと思う。まちがい、不十分な点などありましたらぜひお教えいただきたいし、他に祭りの資料等もあったらお教えいただき今後さらに正確なもの、よりくわしいものに改善していきたいと思っている。

この冊子をきっかけとして、「祭り」を通して、ふるさとのよさをよりよく知り、大切にしようとする人が一人でもふえることを念願している。

最後に、彩光堂印刷の北川耕二氏にも大変お世話になったことも記しておかなければならない。

(冊子の文中で、お名前を敬称略とさせていただいた失礼をお詫びする。)

出典:南の巻 p.166-167(書き起こし・未校正)。解説は p.166 から p.167 へ続く

奥付の住所・電話番号は、掲載していません。